マーズゥー(媽祖)の苗字はリン(林)です、記録によりますと、マーズゥー(媽祖)の生まれは、北宋の太祖建隆元年(西暦960年)3月23日、そして北宋の雍煕四年(西暦987年)9月9日に亡くなりました。享年28歳です。
   
マーズゥー(媽祖)の父は林愿(リンユェン)、福建の都の巡回検査をしていました。母親は王氏です。マーズゥー(媽祖)が生まれる前、林愿(リンユェン)夫妻には既に一男五女、計六人の子供がいました。
しかし唯一の息子は体が弱く病気がちだった為、父親は毎日お香を燃やし、品性や人格を高め気持を分け合う事で、もう一人息子が生まれる様祈りました。それも林家の祖先を残す為です。祈りの結果、王氏は夜観音様がいらっしゃる夢を見ました。そしてこう言ったそうです、『林家は普段慈善を好むので、上の者は加護を与える事にしました』。そして王氏に一粒の薬を渡し飲ませました。それから間もなく王氏はご懐妊されたのです。
   
宋建隆の元年(西暦960年) 庚申の年回り3月23日の夕方、突然キラキラ綺麗な赤いまばゆい光が、西北の方から王氏の部屋の中に差し込み、格別に良い香りが部屋の中にたちこみ、王氏は陣痛後一人の女の子を産みました。林愿(リンユェン)夫妻はとても残念に思いましたが、生まれた時はっきりとした瑞祥の徴候がありましたので、林愿(リンユェン)夫妻はただの女の子では無いと思い、とても大切に育てました。生まれてから、生後1ヶ月になる迄泣いた事が無かったので、リンモク(林黙)と名付けました、それが今の海漁業を守る女の神マーズゥー(媽祖)です。
マーズゥー(媽祖)は幼い時からとても賢く、8歳の時から自ら読書をしました。記憶力が良いだけでは無く、文章をよく理解する事が出来ました。10歳の時には1度も怠ける事無く、朝・夕と仏の元へ行きお香を焚きに行きました。両親にとても親孝行で、兄や姉をとても敬愛し、郷里の人たちともむつまじく、誰もが賞賛しました。
13歳の時、年輩のゲンツウ(玄通)と言う道士に出会いました。全身ぼろぼろでリン(林)家に来てお金を欲しがりました。そんな彼の事をマーズゥー(媽祖)は嫌がったりはせず、快く家に招き美味しいお茶を出しました。それからこの年配の道士は度々リン(林)家に来てはお金を欲しがりましたが、マーズゥー(媽祖)はいつも誠心誠意彼に良くしました、更には財物もあげました。年配の道士はとても深く感動し、伝授『玄微秘法』の中で、今後人々を救いながら世を渡り歩くと書き記しました。
16歳のある日、マーズゥー(媽祖)と友達は庭の古井戸の傍で遊んでた所、突然井戸から手に銅を持った凶悪な仙人が現れて、ゆっくりと上がってきました。一緒に居た仲間はそれを見てビックリし逃げてしまいましたが、マーズゥー(媽祖)はとても冷静に膝まつき拝みました。すると仙人は手に持っていた銅をマーズゥー(媽祖)に渡し、翻って雲の中へと消えてしまいました。マーズゥー(媽祖)はこの銅を得た事により、今以上に研究に専念し魔術を学び、沢山の事に対応出来る様になり、いつも熱心に人助けをし、邪気を追い払い郷里を危機から救い、誰もがマーズゥー(媽祖)を深く敬愛しました。
宋太宗の雍四年(西暦987年) 、マーズゥー(媽祖)は28歳になってました。旧暦9月9日その日マーズゥー(媽祖)は特別早起きをし、顔を洗い着替えを済ませ、マニュキアとつけ、化粧をし、仙女の様に綺麗になって寝室を出ました。そして小さい声で何人かの姉にこう別れを告げました、『今日はめでたい重陽の日です、私は高くて遠い所に行って楽しみたいです、ですが私が居なくてもお姉さんの父や母に対する孝行は変わらないで一家団欒して欲しいです。』そして名残惜しみながらも両親に別れを告げ行きました。九九重陽は秋空が高く空気がすがすがしく、?洲(びしゅう)の山頂は金菊で満開で、海風も軽く耳辺りが良かったです。
   
マーズゥー(媽祖)はゆっくりとほとりの峰に上がり、懸崖にある大きな石の上に立って、魚を捕る帆がまばらに見える、天に連なった平穏な青い海を見ました。湾内を振り返ると、水の中には山があり、山の外には海があり、他では見られない珍しい山海の風景は人を陶酔させる程素晴らしいものでした。その時天から巨大な彩雲が、軽やかで美しい太鼓を交えた笛の音と共に漂って来ました。たちまち辺りは霧に覆われ、マーズゥー(媽祖)は彩雲の上に立っていたのです、そして彩雲はゆっくりと空に昇りました。この時島の上の漁民は万里の彼方で晴れた空の空中に舞い上がる鮮やかで、美しくて、入り乱れた彩雲があるように見えていました。また、かすかに耳に心地よい糸の管仙楽の音も聞こえてました。雲の中では色とりどりの旗と傘を持った多くの仙女が、見え隠れをしながら空に昇るマーズゥー(媽祖)を取り囲んでいたのです。
その後、?洲(びしゅう)の島の上では、香りのいい霧が充満すると、数人が朱色の衣を着たマーズゥー(媽祖)を見たそうです。神霊が何度も現れては、海の上を飛び回り、無数の遭難する漁民を救助しました。その美しい気持ちを加護する為に、?洲(びしゅう)の山頂で祠を祭る神社を建てました。そして彼女の事を『通賢霊女(知恵のある賢くて、愛のある女性)』と呼び、そしてほとりの峰の壁に『昇天奇跡(昇天する奇跡)』と言う4文字を大きく彫刻し、そこには文学者が連れたって祭りに来ました。