八卦天井について
天井は建築物の中で最も作りを大事にしなくてはならない所で、天井の機能は高い空間を隔てるだけでは無く、室温を一定に保ち、埃が落ちない様にする為でもあるのです。装飾を施された天井は、室内を堂々とした立派な効果が出ます。
   
鹿港天后宮の三川殿の八卦天井は、大工職人木發師(王木發)にの設計によって出来た作品です。泉州渓底職人の作る天井の特色は、斗?が幾重にも出来ていて、『頂心明鏡(頂の心の曇りの無い鏡)』が真ん中の天井の板にあります。王氏(益順師・樹發師) が作った鹿港天后宮の天井と似た作品が台湾の、新竹城隍廟・彰化南瑤宮などにありますが、鹿港天后宮の天井装飾が最も素晴らしいです。
天后宮の天井は2層に分かれていて、八角形の底の層は各辺に2つの?があります。各?4斗の高さがあり、計24組の斜?で出来ています。八角形が一斉に集まっているように見えます。この層は全ての辺に八仙の人物が描かれており、位の見分け方は『四愛』と『漁・樵・耕・讀』です。『四愛』とは『茂叔愛蓮・義之愛鵝・淵明愛菊・和靖詠梅』です。
   
天井の内側の層は16組の斗?で出来ていて、八角形の各辺に1つの?があり、どの?も2斗の高さがあり、部屋の天井の中心向かって伸びています。蓮の花が『頂心明鏡(頂の心の曇りの無い鏡)』に彫られてます。天井全体が蜘蛛の巣の形に似ているので、職人は『蜘蛛結網』とも呼びました。天井の下方の4つの角はどれにも4組の獅子が彫ってあります。鹿港の彫刻職人は李煥美・李松林・施金福・施禮がいます。獅子の造型は各職人によって違います、ある職人は雄の獅子は玉遊びをさせて、雌の獅子には子供の獅子を携える所をイメージしているのもあります。その中で獅子彫刻に八仙の李鐡拐があるのは施金福への作品です。
李棟?によりますと、施金福は行動が不便だった為、彼の作品の中には、李鐡拐を彫るのが大変好きで、その様な隠喩がありました。
八卦天井の『薄海蒙?』額が上の方に1対のヒキガエル(蟾蜍)のがありました。この木彫りは施禮の作品です。『ヒキガエル(蟾蜍)』は獅子の巻き毛や剛毛が無く、古代文学の上品な方(例えば詩人など)は『月宮(つきの中にあると言われている宮)』を『蟾宮』とも呼び、科舉のテストの合格者は『登蟾宮』とも呼ばれています。1対のヒキガエル(蟾蜍)のうち1匹には口に菊の花を咥えています。長寿吉祥の比喩で、もう1匹は椿を口に咥えてます、『四季長春』の意味があります。
『薄海蒙?』額は道光十年(1830年)に鹿港理番の王蘭佩が書いたもので『薄海』は台湾海峡を指しています。その昔人々は中国から台湾に渡って来ましたが、大変危険な黒水の溝(台湾海峡)を通過しなければならず、昔の人は皆マーズゥー(媽祖)のご加護を受けた事により、無事に台湾に着く事が出来たので、マーズゥー(媽祖)に対する敬虔な信条になっていきました。その他に三川殿内には清時代に政府から鹿港天后宮へ与えられた額が幾つか飾ってあり、天后宮の貴重な資産として保管してあります。
八卦天井の下方に大きめの梁と柱の交わった部分があり、そこに4匹の『飛魚』があり、その形は龍の頭に魚の尾が付いたようです、水を吐く事が好きです。建物にこの様な装飾をしたのには、防災の意味が含まれているからです。文学者はこの龍の頭と魚の尾が付いた生き物をおおがめだと思い、『1位を独占出来た科舉のテストの合格者』の意味があると言いました。その為龍の体に羽を彫り、鹿港の職人は『飛魚』呼ばれました。三川殿内の『飛魚』・『牡丹鳳』は煥美師の作品です。
三川殿裏の出入り口に陽の当たる部屋がありその中の梁には、獅子像と象の像の彫刻があります。上には『人生四暢』の木彫り作品があり、『人生四暢』とは人生において4つの心地よい事柄の象徴です。その4つの心地よい事柄とは腰を伸ばす(背伸び)事・耳掻きをする事・鼻をかむ事・背中を掻く事です。この木彫りは鹿港職人の施金福による作品です。天后宮では同じ題材の木彫りがあり、それは正殿神棚前の上の方にあり、それは泉州職人の連吉師(黄連吉)の作品です。人物の彫刻はとても生き生き見え、職人自身の人生をこの廟装飾の芸術に表している様に見え、なお写実的でした。