年代 皇帝の称号 年号 年数 干支 西暦 内容 付注
明 太祖 洪武 五 壬子 1372 神の功労が盛大になった為『昭孝純正孚済感應聖妃』の称を与える。 聖妃の称に栄転する
明 太祖 洪武 七 甲寅 1374 びしゅう祠の寝殿・香の亭・鼓樓の修築工事及び朝天閣を建てる。  
明 太祖 洪武 七 甲寅 1374 泉州に廟を建て拝謁する。  
明 成祖 永楽 元 癸未 1403 皇帝が官吏を遣え、?洲(びしゅう)祠修築する。そして、鄭和が西の海洋へ行った際に功労を残した。  
明 成祖 永楽 七 己丑 1409 『護国庇民妙霊昭應弘仁普済天妃』の称を与える。 天妃の称号に戻る
明 成祖 永楽 七 己丑 1409 南京城の外に祠を建て、額の中には『弘仁普済天妃の宮』と書かれる 『祠』を『宮』と呼び始める
明 成祖 永楽 一八 庚子 1420 劉麟・孔用等の人を遣え諧?を拝む。  
明 宣宗 宣コ 五 庚戊 1430 官吏を遣え諧?を拝む。  
明 武宗 正コ 元 丙寅 1506 皇帝が『河清海晏・風調雨順・配天同功』を与える。  
明 毅宗 崇禎 一三 庚辰 1640 更に『碧霞元君』の称を与える。 以前は『妙行玉女』と呼ばれてた
明 永明 永暦 元 丁亥 1647 台湾で初めてマーズゥー(媽祖)の神像を置いた『鹿港天后宮』を建てる。