| 鹿港街鎮の発展中、天后宮と龍山寺は街鎮の南と北に分かれてありました。その為天后宮の主な神マーズゥー(媽祖)は航海の守り神と呼ばれ、廟を建設する際にも港の近くに建て、行き来する船舶に、ご加護があるように願いました。天后宮からは鹿港の天街(中山路)の北側を見ることができず、廟の大門は「坐辰向戌兼乙辛分屬土、雷澤歸妹卦二爻」とあるように、廟は東南東から西北西の方角に建ってました、廟門前は丁度台湾海峡の向かいにあり、遠くにある?州(びしゅう)の廟を見ることが出来ました。廟は民間芸術による殿堂であり、廟は地元の財力・物資・一番良い職人が結合して完成しました。 |
|
| 廟の中の装飾を見れば先代から伝承した期待と努力が伝わってくるように見えます。『入廟看廟門』とあるように、廟の門は彫刻の重点でした。同じく廟外のシンボル門・天后宮の三川殿の石の窓のすかし彫り・龍と虎の石彫り・丁寧な彩色画、そして木の彫刻は全てじっくり職人技術を見る価値のある物ばかりです。 |